代表的な疾患
代表的な疾患について
副腎皮質刺激ホルモンが減少する病気と増加する病気
副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)は、下垂体前葉で合成分泌されて、主に副腎皮質におけるコルチゾールというステロイドホルモンの合成を調節しています。このコルチゾールが、全身で生命を維持する重要な役割を果たしています。コルチゾールはストレス対応ホルモンとして知られ、発熱・炎症・血圧低下・循環血漿量低下・低血糖・精神ストレスなどの多くのストレスに対応しています。健康な方では、血液中コルチゾールは早朝に高濃度となり、昼間に徐々に低下して、深夜には低濃度となる日内リズムが知られています。
病気として下垂体前葉の副腎皮質刺激ホルモン分泌が低下すると、続いてコルチゾールも低下するため、食欲の低下、体重減少、全身倦怠感などの症状や低血糖、血圧低下、血液中のナトリウム濃度低下などを認めるようになります。重症になると、著しい血圧低下や意識低下をきたす場合もあります。これは、命に関わる急性副腎不全症の症状であり、救急搬送が必要です。食欲不振や体重減少のため、初期には消化器疾患など他の病気を疑われてしまうことも少なくありません。診断がつけば、不足しているコルチゾール(糖質ステロイドホルモン)を補う治療(補充療法)を行います。重症の初期には注射にて補充しなければならない時もありますが、状態が安定している時期には、毎日適切な量のコルチゾールを内服することで、通常の生活ができるようになります。
コルチゾールが過剰に分泌されて、体幹部中心の肥満(中心性肥満)や顔が全体に丸く腫れる(満月様顔貌)などの症状を示す病気をクッシング症候群と言います。その内、下垂体前葉に副腎皮質刺激ホルモンを産生する腫瘍(ほとんどが良性の腺腫)ができて、そのために血液中に副腎皮質刺激ホルモンが増加し、結果としてコルチゾールが過剰になる病気をクッシング病と言います。コルチゾールが異常に増加すると、先ほどの症状以外にも、食欲の亢進、腹部や太腿の皮膚に赤い線のようなものが入ったり(赤色皮膚線条)、高血圧・糖尿病・骨粗鬆症を認めるようになります。重症患者ではうつ病、感染症に対する抵抗力低下、脳心血管系の病気のため、生命に関わることもあります。治療法としては、原因である下垂体腺腫を手術によって摘出し、完治を目指します。手術で完治しなかった場合は、お薬や放射線治療によって、血液中のコルチゾールが正常となるようにコントロールします。今後、お薬として内服薬と注射薬の選択肢ができるようになりますが、その効果には個人差があり、患者にとって適切な薬物を選んでいくことになります。
副腎皮質刺激ホルモンは少なくても多くても、生命に関わる可能性があり、早めに医療機関を受診する必要があります。
沖 隆
甲状腺刺激ホルモンが減少する病気と増加する病気
甲状腺刺激ホルモン(TSH)は、視床下部から分泌された甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)の刺激により下垂体前葉から分泌されて、甲状腺を刺激し、食べ物に含まれるヨウ素を原料として甲状腺ホルモンが合成され分泌されます。
この甲状腺ホルモンは、子供の時の脳や体の発育を促し、大人においても、新陳代謝を促進し、血液中の脂質の代謝や、骨、骨格筋の維持などに関わり、体にとってなくてはならないホルモンです。
腫瘍や頭部外傷など様々な原因により間脳下垂体が障害されてTSHが減少する病気は、中枢性甲状腺機能低下症と呼ばれています。TSHが減少することにより、甲状腺ホルモンの分泌が低下し、活動性の低下、耐寒能の低下、疲れやすさ、動作が緩慢となるなどの症状や、眼瞼浮腫、嗄声、便秘、脱毛、月経不順、体重増加が認められることがあります。高齢者では、認知症、うつ状態として指摘されることがあります。極まれですが、重度の甲状腺機能低下症により意識障害、呼吸不全、低血圧などを起こすことがあり粘液水腫性昏睡とよばれます。治療は、不足している甲状腺ホルモンの補充療法を行います。毎日適切な量の補充療法を継続することで、通常の生活ができるようになります。
下垂体が障害されてTSHが増加する病気に、TSH産生下垂体腺腫があります。TSH産生下垂体腺腫は、下垂体前葉にTSHを産生する腫瘍ができて、その腫瘍が産生する過剰なTSHが、甲状腺を刺激することにより、血液中の甲状腺ホルモンが増加します。甲状腺ホルモンが増加することにより、動悸や頻脈、汗の量が増加します。また、体重が減少したり、イライラ感、手の指のふるえなどの症状がみられることもあり、腫瘍が大きい場合には、視野の一部が欠けることがありますが、これらの症状は、人によって様々で、症状を全く感じない人もいます。治療の第一選択は、手術で腫瘍を摘出することで、完治を目指します。手術で完全に腫瘍が摘出できなかった場合には、ガンマナイフなどの放射線治療や、まだ保険適応となっていませんがソマトスタチンアナログ製剤の注射薬による治療が行われることがあります。これらの治療により、甲状腺ホルモンが正常化すれば、通常の生活ができるようになります。
山田 正信
ゴナドトロピンが減少する病気と増加する病気
ゴナドトロピン(LH、FSH)は、下垂体前葉で合成分泌されて、性腺(卵巣又は精巣)に作用します。女性では、卵胞の発育、排卵、黄体形成、女性ホルモンの産生を刺激します。男性では、精巣の発育、精子形成、男性ホルモンの産生を促進します。
病気として下垂体前葉のゴナドトロピン分泌が減少すると、続いて女性ホルモンや男性ホルモンも減少します。二次性徴前では、二次性徴が生じません。大人では、腋毛•陰毛の脱落、不妊や性欲の低下をきたします。女性では、無月経、乳房萎縮、男性では、勃起障害を生じます。診断がつけば、不足しているホルモンを補う治療(補充療法)を行います。不足している女性ホルモンや男性ホルモンを補充する場合と、(妊娠を期待する時など)定期的に下垂体ホルモンを注射する場合があります。患者にとって適切な薬物を選んでいくことになります。
ゴナドトロピンの分泌増加によって性ホルモンが過剰に分泌されると、小児で著しく早期に二次性徴が発現する場合があります。成人男性では、乳房の女性化や精巣の腫大、閉経前の成人女性では、月経異常や不妊、お腹の不快感や張り、痛みの原因となります。ゴナドトロピン分泌増加の原因は、主に下垂体腫瘍ですが、女児では、原因が不明の場合もあります。治療法としては、腫瘍が原因であるときは腫瘍を手術によって摘出し、完治を目指します。腫瘍が不明の思春期早発症では、薬によって治療します。
蔭山 和則
成長ホルモンが減少する病気と増加する病気
成長ホルモンは、下垂体前葉から分泌されて、小児では成長を、大人では代謝を調節するホルモンです。成長ホルモンは肝臓や骨などでインスリン様増殖因子(IGF-I、アイジーエフワン、ソマトメジンC)の産生を刺激し、主にIGF-Iが成長を促します。成長ホルモンは思春期から青年期に最もたくさん分泌され、体の成長だけではなく、筋肉、骨などの成熟にも必須の働きをしています。
小児期に成長ホルモンが出なくなると、成長障害をきたし低身長(成長ホルモン分泌不全性低身長症)になります。成長曲線に身長を記入して-2SD以下の場合には専門的な検査が勧められます。検査によって成長ホルモンの分泌不全と診断された場合には、成長ホルモンの注射によって身長の伸びが期待できます。 成人期にも成長ホルモンは重要です。多くの場合には下垂体腫瘍などの病気が成人成長ホルモン分泌不全症の原因になります。倦怠感、気力・体力の低下や内臓肥満、脂肪肝、骨粗しょう症などをきたし、生活の質が低下しています。検査によって成人成長ホルモン分泌不全症と診断された場合には、成長ホルモンの注射によって様々な症状の改善が期待できます。
成長ホルモンが過剰に出る病気は先端巨大症と呼ばれます。ほとんどの場合には成長ホルモン産生下垂体腺腫によって引き起こされます。成長期に起こると高身長を引き起こす巨人症になります。先端巨大症では特徴的な顔貌、手足の増大、発汗過多、頭痛、視野障害、月経異常、咬合不全、高血圧、糖尿病、脂質異常症、睡眠時無呼吸症候群、変形性関節症などの合併症が出現して生活の質が低下するだけではなく、治療をしなかった場合には短命になってしまいます。治療はまず手術で下垂体腫瘍を摘出します。全摘出が難しい時には薬物療法から開始することもあります。手術後も成長ホルモンが正常化しない場合には、薬物療法を行います。標準的な治療としてソマトスタチンアナログと呼ばれる月に一度の注射が用いられます。その他にドパミンアゴニストという飲み薬や成長ホルモン受容体拮抗剤という注射剤があります。最近では薬物治療を工夫すると多くの場合にコントロールができますが、それでも難しい場合にはガンマナイフなどの放射線療法を行うこともあります。これらの治療によって成長ホルモンとIGF-Iを正常値にすることが大切です。そのことによって症状もよくなるとともに、生命予後も改善します。
髙橋 裕
プロラクチンが減少する病気と増加する病気
プロラクチンは、下垂体前葉のプロラクチン産生細胞より分泌され、乳腺の増殖、乳汁の合成、分泌を促すホルモンです。
プロラクチン分泌が減少する病態では、産褥期(出産後、母体が妊娠前状態に戻るまでの期間)の乳汁分泌低下が起こります。原因は、下垂体自身が障害される病態(下垂体腫瘍、炎症性疾患、外傷・手術)ですが、現時点ではプロラクチン分泌低下に対する特別な治療はありません。
プロラクチン分泌が増加する病態(高プロラクチン血症)では、女性において月経不順・無月経、不妊、乳汁分泌を、男性において性欲低下、インポテンス、女性化乳房、乳汁分泌を引き起こします。高プロラクチン血症を呈する代表的な病気は、下垂体のプロラクチン産生腫瘍ですが、視床下部・下垂体茎病変、薬剤、原発性甲状腺機能低下症なども原因となります。特に薬剤に関しては、ドパミン受容体拮抗薬、ドパミン合成阻害薬、降圧薬、H2受容体拮抗薬、エストロゲン製剤、抗精神病薬、抗うつ薬、抗てんかん薬、麻薬が原因となるので高プロラクチン血症と診断された場合、まず服用している薬剤が原因ではないか確認することが重要です。治療は、プロラクチン産生腫瘍、視床下部・下垂体茎病変については、薬剤(ドパミンアゴニスト)で治療することが基本となります。また薬剤が原因と考えられる場合、その薬剤を中止すれば高プロラクチン血症は改善します(抗精神病薬、抗うつ薬、抗てんかん薬、麻薬は処方医と相談の上、可能であれば中止します)。原発性甲状腺機能低下症は、甲状腺ホルモンを補充することで高プロラクチン血症は改善します。
大月 道夫
バソプレシンが減少する病気と増加する病気
バソプレシンは腎臓に作用して水分の再吸収を促すホルモンです。したがってバソプレシンの作用により尿は濃縮され(濃い色となり)、尿の量は減少します。その作用からバソプレシンは抗利尿ホルモン(ADH)とも呼ばれます。
バソプレシンは脳内の視床下部で合成され、下垂体から血液中に分泌されます。何らかの理由によりバソプレシンの合成・分泌が障害されると、バソプレシンの抗利尿作用が消失し、結果として薄い色の尿が大量に出るようなります。尿量が増えることで体の中の水分が減るため、のどが渇いて大量の水を飲むようになります。これが中枢性尿崩症です。ここで中枢性という表現を用いるのは、バソプレシンの腎臓での働きが障害されて同様の症状、すなわち多飲、多尿を呈することもあるためです。後者を腎性尿崩症と呼びます。
中枢性尿崩症の治療ではデスモプレシンという薬を用います。デスモプレシンはバソプレシンの構造と似ていますが、作用時間が長いため一日に2回程の投与で尿量をコントロールすることができます。以前は鼻から投与する薬しかありませんでしたが、数年前から飲み薬も使用可能となり、患者さんの負担を軽減することが可能となりました。
一方、何らかの理由でバソプレシンが必要以上に分泌されると、水分が体に貯留することになります。その結果、血液中のナトリウム濃度が薄まり(低下し)、低ナトリウム血症が生じます。これが抗利尿ホルモン不適切分泌症候群(SIADH)です。SIADHは脳の病気や肺の病気、あるいはある種のお薬によって生じることが多いので、私たちはまずはその原因を検索します。低ナトリウム血症の程度がひどい場合には速やかに治療を開始する必要があります。治療の第一は水制限、すなわち飲む水分量を例えば一日に800 ml程度に制限することです。低ナトリウム血症のために意識レベルが低下しているような場合は、濃い食塩水を点滴で投与することもあります。低ナトリウム血症の治療においては急激に血液ナトリウム濃度が上昇することは好ましくないので、頻回に血液検査を行いながら緩やかに血液中のナトリウム濃度を上昇するように配慮します。
有馬 寛